移送制度はどこへ?ー精神保健福祉法 第34条

都市部を中心に民間患者搬送業者が家族等からの依頼を受けて、精神障害者の入院に伴う搬送業務を請け負うという事例が問題化されたことから、1999(平成11)年の精神保健福祉法改正によって移送制度が創設された。法第34条による移送制度は、受診を拒否する精神障害者の移送を都道府県知事の責任において実施されるものである。ところが創設当時から、地域間の格差が大きいことなどさまざまな問題が指摘されていた。

創設から10年経過したが、当時の問題が未だに解消されておらず、現在でも民間患者搬送業者による患者搬送が実施されている現実がある。今後、受診について非自発的な患者の医療アクセスを保障する手段として、移送制度を適正に実施されなければならないと考える。

田園調布学園大学紀要(2010年度)“精神保健福祉法第34条による移送制度の現状と課題”より

実は、今日初めて上記制度の存在を知りました。第24条にある措置入院のことは知っていたのですが、警察を経由せず、家族から移送を依頼する制度があることを知りませんでした。しかし、制度が存在していても、少なくとも2年前の時点では、東京都では実施体制が整っていなかったのではないかと思われます。

 

2年前、家を出て避難生活を送りながら、私は保健所と連携している区役所の保健福祉係に相談に行きました。明らかに入院が必要な状態だったので、そのような時にどうすればいいのか、入院先の探し方や移送の方法について知りたかったのです。保健師さんは、「道しるべ」を見ながら病床数の多い病院を教えてくださり、民間救急の会社のパンフレットをくださいました。

 

その際、「移送制度」の話は全く出ませんでした。仮に、その時点で私が移送制度の存在を知っていたとして、制度通りの対応をしてもらえたかは不明です。私は、数件の病院に電話をして、受け入れてもらえるかを問い合わせたり、家族相談へ行ったりしながら、民間救急の手配をしました。

 

このようなことも書かれています。

移送制度の対象とする者はどのような状態や状況の人なのか、そのような基本的な部分のとらえ方が定まらないというような混乱が、現場にはあったようである。平成12年3月31日付で厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知「精神障害者の移送に関する事務処理基準について」の中でも、対象の規定が明確にされていない。しかし、「移送制度の基本的考え方」には、つぎのように書かれており、その中からある程度読み取ることができる。

「医療保護入院及び応急入院のための移送は、緊急に入院を必要とする状態にあるにも関わらず、精神障害のために患者自身が入院の必要性を理解できず、家族や主治医等が説得の努力を尽くしても本人が病院に行くことを同意しないような場合に限り、本人に必要な医療を確保するため、都道府県知事が、公的責任において適切な医療機関まで移送するものである。したがって、この移送制度の対象とならない者に本制度が適用されることのないよう、事前調査その他の移送のための手続を適切に行うことが重要である。」

すなわち、精神障害のために病識が低下するなどして、周囲が促しても受診することに同意しない人が基本的に対象者である。ただし、移送制度の対象とならない者に対して制度を利用しないように注意することが記述されている。対象とならない者とは、自傷他害があり、措置入院の対象となる人のこと等を意味している。

田園調布学園大学紀要(2010年度)“精神保健福祉法第34条による移送制度の現状と課題”より

体制が整っていれば、この制度を利用できたのではないかと思います。なお、2008年度の第34条による全国の移送件数は115件で、福島31件、山形14件、佐賀11件、奈良10件と続き、東京は1件でした。最新データはわかりませんが、制度ができた後も、いかに民間救急を利用している人が多いかということがわかります。

 

また、利用の際には「保健所の担当者の訪問→移送実施の検討・準備→指定の診察・家族の同意→移送」と、いくつかのステップが必要となり、救急の際には間に合わない可能性もあります。いずれにしても、利用対象者に情報が届くようになるのは、体制が整い、保健所の担当者や担当医の理解が深まってからということになりそうです。

 

前回の入院の際、弟がいつものように民間救急で病院に行くと、医師が「民間救急は公的に認められていない」と嫌悪感を示していたことを思い出しました。ではどうすればよかったのか、バタバタしていてそこまで伺うことはできませんでしたが、実施側の体制が整っていないことをご存知でなかったのかも?しれません。皮肉なことに、初めてその病院の家族相談に行って入院が決まった際には、病院の事務の方が「病院からは紹介できませんが・・・」と言いながら、民間救急のパンフレットをくださいました。認められていないものの、それを利用するしかないということを、病院側もわかっていたのだと思います。

 

今、民間救急業務を行う警備会社が急増しているようです。それだけ需要があるということでしょう。この先、実施体制が整う日がやってくるのかわかりませんが、これまで民間救急が対応していた移送のすべてを保健所が対応できるのかというと、なかなか難しいのではないかと思います。地域によっては、福祉関連業務の一部を民間の福祉事業者に委託している役所もあるようですが、そういった思い切った対策も必要になってくるかもしれません。

 

現時点で「措置入院にしか対応していない」とはっきり言う保健所もあるようですが、民間救急への依頼を検討している方は、ダメもとで、一度お住まいの地域の保健所に相談してみてはいかがでしょうか。利用できる場合でも時間はかかるようですので、早めに動かれることをお勧めします。

 

ー 移送制度